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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)2540号 判決 1965年2月27日

原告 有限会社文作商店破産管財人 松井久市

被告 株式会社北洋商会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告の申立および主張

原告は、「被告は原告に対し、金六、〇一七、九四七円およびこれに対する昭和三八年四月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、

その請求の原因として、

一、訴外有限会社文作商店(以下破産会社という)は、東京地方裁判所昭和三七年(フ)第四号破産申立事件において、昭和三七年二月二七日破産宣告を受け、原告はその破産管財人に選任された。

二、破産会社は、各種罐詰類等食料品の販売を目的とするものであるが、近時負債を増し、昭和三六年九月初頃において、約金二四、〇〇〇、〇〇〇円ないし二五、〇〇〇、〇〇〇円の債務超過(資産約金一〇、〇〇〇、〇〇〇円、負債約三四、〇〇〇、〇〇〇円ないし三五、〇〇〇、〇〇〇円)となつた。(なお、同会社は翌一〇月三一日支払を停止した。)

三、(一) ところで、破産会社は、各種食料品の卸売を業とする被告に対し、同年一〇月二〇日までに、合計金六、〇一七、九四七円の買掛代金債務を負担していたが、同社は右代金債務の支払にかえて、被告振出にかかる支払場所三菱銀行上野支店なる別紙一覧表<省略>記載の為替手形二〇通(その金額合計は右同額)について、同表記載の日時に各引受をなした。

(二) 次いで、被告は、右各手形を訴外株式会社三菱銀行に裏書譲渡し、それらはいずれも各満期日に支払われなかつたが、同銀行は、一方、破産会社に対し、かねて、定期預金金額八、八〇〇、〇〇〇円の定期預金返還債務を負担していて、これを昭和三七年一月一〇日右手形債権と対等額において相殺した。

四、しかして破産会社のなした右各手形引受行為は、

(一)  右のような債務超過の時期に、他の一般債権者の共同担保を減少せしめるものにて、それ自体、債権者を害する行為である。

(二)  仮にそうでないとしても、さような時期に、破産会社、被告、訴外銀行の三者間において、あらかじめ、前記のように、同銀行の取得する手形債権をもつて、破産会社の預金債権と相殺する合意をなした上、なされたもので、もとより債権者を害する意思でなした行為である。

よつて、原告は破産法第七二条第一号によつて、右各手形引受行為を否認する。

五、従つて原告は破産財団を原状に復させるため被告に対し、前記引受手形金額合計相当の金六、〇一七、九四七円および本件訴状送達の日の翌日である昭和三八年四月一二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

なお、被告の主張事実はこれを争う。

と述べた。

第二、被告の申立および主張

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告主張の第一ないし第三項の事実は、第二項中債務超過の事実、第三項(一)中、主張の各手形引受が代金債務の支払にかえてなされたとの点を除き、すべて認める。但し、別紙一覧表のうち主張の相殺に供されたものは、1ないし17と18のうち金五三、三九一円のみである。

右除外事実及原告主張第四項の事実はすべて争う。

本件各手形の引受行為は、原告のいう破産会社と被告との間の商品取引によつて発生した売買代金の支払のためになされたものであり、そうでなくとも、同会社は手形債務を負担するに至つたかわりに同額の代金債務を免れているのである。

しかも、右は従前なしきたつた正常の取引方法に従つたまでで、右会社は当時他の債権者にも支払をなしおり、被告は同会社が債務超過の状況にあることも知らず、したがつて他の一般債権者を害することはもとより知らなかつたものである。

と述べた。

第三、証拠<省略>

理由

原告主張の破産会社が、主張のように、被告振出にかかる為替手形二〇通について、各引受をなしたことは当事者間に争がない。

ところで、右会社の財産状態が当時どうであつたかのせんさくはしばらくおき、まず右各手形の引受行為がなされた経緯についてみるに、証人志村健次郎、同三関栄一、同井原正一の各証言を総合すると、同会社は被告から昭和三三年八月以降昭和三六年一〇月まで継続して各種食料品を買受けきたり、右商品取引における代金の決済は、昭和三六年初頃からは、被告が受註した商品を納入してから約一週間ないし一〇日後に、被告が同会社に代金請求書とともに被告振出にかかる自己宛為替手形を送付し、その引受を受ける方法によつてなされていたこと、しかして本件各手形も、昭和三六年七月下旬から九月下旬までの間に取引された商品代金につき、九月二一日、同月二八日、一〇月一〇日、一〇月一九日の四回にわたつて、通常の場合と同じように同会社によつて引受がなされたものであること、が認められ、この認定を左右する証拠はない。

してみると、右のような事実関係のもとにおいて、かりに右各手形の引受が商品代金の支払にかえてなされたものとしても、この場合右会社はあらたに手形債務を負担することになるが、同額の商品代金債務が同時に消滅するわけでもあるから、それがよし原告のいうような同会社の債務超過の時期になされたとしても、そのことだけでは、他に特別の事情がないかぎり、他の一般債権者の共同担保を害することにはならないものといわなければならない。したがつて、右各手形の引受行為は、それ自体、直ちに否認権行使の対象となるものとはいい難い。

次に、被告が右各手形を訴外株式会社三菱銀行に裏書譲渡し、各満期日にいずれも支払われなかつたところ、右銀行は昭和三七年一月一〇日、右手形金債権(但し、別紙一覧表18のうち金一一〇、〇四九円および19・20を除く)と同銀行の該破産会社に対し負担する金八、八〇〇、〇〇〇円の定期預金返還債務とを対等額において相殺したことは当事者間に争がないところ、原告主張のように、右会社が前記手形引受をなすに当り、同会社、被告及び右銀行間に、あらかじめ、右相殺についての合意(ないしこれに類する意思連絡)がなされていたという事実は、証人志村健次郎、同三関栄一、同水口達の各証言等原告提出援用の全立証によつても未だこれを確認するに足らず、他にこれを認むべき証拠はない。しからば、これを前提として、右手形引受をもつて、破産会社が債権者を害することを知つてなした行為とする原告の主張も、成り立たないものといわなければならない。その他破産会社の詐害意思を認むべき資料は見当らない。

しからば、その余の点につき判断するまでもなく、破産法第七二条第一号にもとづきなす原告の否認権行使の主張は、採用するに由なく、原告の本訴請求は理由がないものというべきであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三和田大士 真田順司 伊藤博)

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